ご相談・お問い合わせはお気軽に下記までご連絡下さい。
~空気をデザインする会社~
株式会社 スカイ.A
■TEL:048-283-3501 FAX:048-283-3502
■質問メールアドレス:dakutomakasete@sky-a.com
■担当者:エアーデザイナー:中嶋千亜紀 事務:アゲセ
以前料亭で【花板】修行をし、その後【親方】で一本立ちできる腕になった、現在スカイ.Aのスタッフ、マツケンによる料理レシピをご紹介します。
何故以前【板前】だったマツケンが、スカイ.Aでダクト職人をしているのか???
それは、下記にあるマツケン日記をご覧ください。
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20.7.1
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~マツケンのささっとクッキング~ ⑧
~下拵え(したごしらえ)する浸け地~
♢ 特に魚類に適しますよ~(肉類もOK)!!!日本料理で幽庵地というんですよぉ~ ♢
♢ 塩味に飽きた方は試してみてね~ ♢
用意するもの
・酒:醤油:みりん=1:1:1
(酒、醤油、みりんが同割りと覚えて下さい。)
・ゆず ・・・輪切り適量
①浸け地を作る。
②①にゆずの輪切り適量を入れる。
③②にお好みの魚(かじきまぐろ、はまち、ぶり、たい、すずき、むつなどの白身魚に適しますよ!!!)や肉を浸ける。
♢ 浸け時間は、切身の大きさや浸ける量によって異なりますが、20分~60分位でいいでしょう。 ♢
④③を焼く。
⑤は~い!!!出来上がり!!!
20.3.21
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~マツケンのささっとクッキング~ ⑦
~鶏肉の黄金焼(こがねやき)~
用意するもの(2人前)
・鶏肉(モモ肉)・・・1枚
・塩・胡椒 ・・・適量
・小麦粉・・・適量
・玉子 ・・・2個
・バター・・・10g
①鶏肉の皮を下にして身の長い方を縦にして置いて、半分に切る。
②身の厚い部分を横から包丁をいれて、身を開くように切り開く。(観音開き)
③身と皮の両面に塩・胡椒し、小麦粉をつける。
④玉子を大きめな器に割込み、かき混ぜておく。
⑤フライパンを熱して、バター10gを入れ、小麦粉をつけた鶏肉を溶いた玉子にくぐらせて、皮を下にして中火で焼く。
⑥狐色になったら、反して残ってる玉子を入れ蓋をして、弱火にして蒸し焼きにする。
⑦竹串で一番厚みがあるところを刺して、スット刺されば火がはいっているので取り出す。適当な大きさに切って皿に盛り付ける。
⑦は~い!!!出来上がり!!!
♢ このままでもよいですが、バターソースをかけると、より一層美味しくなりますよぉ~ ♢
【バターソース】
①フライパンを軽く熱して、バター10gを入れて溶かす。
②酒10cc入れ、強火にしアルコールを飛ばす。
③醤油10ccと味の素を少量入れて、少し煮詰める。焦がさない程度で火を止める。
④鶏肉の上にかけて、は~い!!!出来上がり!!!
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~マツケンのささっとクッキング~ ⑥
~南蛮漬け~
土佐酢→スーパー等でも市販品のものが小さい瓶で売っていますが、味は違うはずです。
分量は漬け込む量によって異なりますが、一番分かりやすい分量にします。
残っても普通の酢の物にも使えて、色々応用がきくので作っておいて便利だと思います。
用意するもの
・昆布・・・適当な大きさ
・水・・・700cc
・酢 ・・・300cc
・薄口醤油・・・100cc
・みりん・・・100cc
・酒・・・50cc
・砂糖・・・60g~70g
・ほんだし・・・適量
・かつお節(削り節)・・・片手で一掴み程度
・塩・・・適量(ティースプーン1/3位)
割合・・・(水7):(酢3):(薄口醤油1):(みりん1):(酒0.5):(砂糖0.6~0.7)です。
①鍋に出し昆布を入れ、水・酢・薄口醤油・みりん・酒・砂糖・ほんだしを入れ火にかける。
♢ 煮たってくる前に、昆布を取り出す。 ♢
②煮たってきたら火を弱火にして、酢のキツさを飛ばす。
③かつお節をリードペーパーに包んで、鍋の中に入れる。
④塩を入れ味を調えて、煮立てないように5分程火にかけてから冷ます。
⑤は~い!!! 土佐酢の出来上がり!!!
南蛮漬けの魚→お好みで・・・例えば、鯵。
用意するもの
・魚・・・適量
・片栗粉・・・適量
・揚げ油・・・適量
・玉葱・・・2個
・長葱 ・・・1本
・たかの爪2~3本
①魚を適当な大きさに切って、片栗粉を付けて油で揚げる。
②玉葱をスライスし、長葱は魚焼き機に入る長さに切って両面を焼く。
③揚げた魚が入る大きさのタッパを用意して、玉葱1個分のスライスと焼き長葱を入れる。
④③の中に、たかの爪の種を除いて入れる。
⑤④の中に、揚げた魚を入れ、その上に残りの玉葱のスライスをのせ、土佐酢を入れてリードペーパーを被せる感じにのせる。
♢ 土佐酢は魚の分量によって調節してくださいねぇ~!!! ♢
♢ リードペーパーを被せるのは、 上部分が乾かないようにするのと、余分な油をとるためで~す。 ♢
♢ リードペーパーは、まめに取り替えましょう!!! ♢
⑥タッパに蓋をして、冷蔵庫で2~3時間ねかせる。
⑦は~い!!! 南蛮漬けの出来上がり!!!
♢ 本当は、揚げた魚を油抜きするのですが、大変なので省いてしまいましたぁ~!!! ♢
19.12.26
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~マツケンのささっとクッキング~ ⑤
~他人丼~
用意するもの・・・一人前
・豚肉(小間・バラどれでもOK)・・・50g
・玉葱・・・1/4
・豆腐・・・1/4
・卵・・・1個
・丼地・・・80cc
・一人前用の丼ぶり鍋又は小さいフライパン(15cm位)
①1/4の豆腐を4等分に切る。
②玉葱を適当な厚さに切る。
③鍋又はフライパンに、切った豆腐と玉葱を入れる。
④③に丼地を入れて、火にかける。
♢ 蓋があれば、蓋をしましょう!!! ♢
⑤地が煮たったら豚肉を入れて、火が入るまで煮る。
⑥溶き卵を入れる。すぐに蓋して火を止める。2分位そのままにしておく。
⑦⑥をご飯の上にのせる。
⑧は~い!!! 卵が半熟状態の丼ぶりが出来上がり!!!
♢ 卵にしっかり火が入っている方がいい時は、蓋をして1分位火にかけてねぇ~ ♢
【ポイント】
♢ 汁だくが好きな方は、丼地をやや多めに入れて作るといいよ~ ♢
♢ 豆腐は味が染みて煮えるのが遅いので、豚肉を後で入れる方法をとっていま~す。 豚肉と一緒に入れて煮てもOKだよ~ ♢
♢ 溶き卵を入れる時は、鍋又はフライパンの外側から内側に、右回りで円(渦巻き)をつくる感じだよ~ ♢
19.12.15
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~マツケンのささっとクッキング~ ④
~丼ぶりの地~
用意するもの(1人前)カレースプーンで計った場合
・水・・・3.5 杯
・醤油・・・1杯
・みりん・・・1杯
・砂糖 ・・・適量(お好み)
・ほんだし・・・適量(お好み)
【例 3~4人前の場合】・・・50cc を1とする
・水・・・175cc
・醤油・・・50cc
・みりん・・・50cc
・砂糖・・・カレースプーン1杯位
・ほんだし・・・ティスプーン1杯位
♢ 【親子丼】・【かつ丼】等で使う汁。 色々使えて、応用がききますよぉ~ ♢
19.12.3
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~マツケンのささっとクッキング~ ③
~生姜焼~
用意するもの
・豚バラ肉 スライス・・・100~130g
・玉葱・・・1個(大1/2)
・酒・・・50cc
・醤油・・・50cc
・みりん・・・100cc
・卸し生姜・・・適量(ティースプーン1杯)
①豚バラ肉 スライスを半分に切る。
②玉葱は、皮を剥き縦割りに半分に切り、1cmの厚さに切る。
③鍋(フライパンでもOK)に調味料を合わせて入れる。
④玉葱を入れて、火をつける。
⑤④が煮立ったところに、豚バラ肉を入れ煮る。
♢ 焼くと言うより、煮る感じだよぉ~ ♢
⑥アクが出るので取る。
⑦玉葱が煮えたら、は~い!!!出来上がり!!!
♢ 煮過ぎると、しょっぱくなるので気を付けてねぇ~ ♢
19.11.14
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~マツケンのささっとクッキング~ ②
~照り焼きチキン~
用意するもの
・鶏のモモ肉 ・・・1枚
・片栗粉・・・適量
・醤油・・・50cc
・みりん・・・50cc
・酒 ・・・50cc
・砂糖・・・15g~20g→大スプーン 1杯 (カレースプーン)
・サラダ油・・・適量
①まな板に皮を下に鶏肉をおく。
②鶏肉の厚みのある部分を包丁の先で、上から刺す。(決して切らない事。)
♢ 包丁で刺すのは、揚げた時に火が均等に入るようにするためだよ~ ♢
③片栗粉をつけて、サラダ油で揚げる。
♢ 揚がっているかを確かめるコツは、あげ箸でつかんで(油の中で)箸先から、ブルブルと手に感じたらOKだよ~他には、箸で鶏肉を刺してみてさっと突き刺されば、火が通っているよ~ ♢
④フライパンに、醤油・みりん・酒・砂糖を入れ、火にかけてたたせる。
⑤④に揚げた鶏肉を入れて、両面をからめる。
⑥は~い!!!出来上がり!!!
【ポイント】
♢ 揚げた鶏肉を切ってから、からめないようにね~ ♢
♢ 切ってからからめると、味がしょっぱくなってしまうよ~ ♢
【マツケンのお薦めの盛りつけ方】
①丼ぶりではなく、皿にご飯を盛り、刻み海苔や錦糸玉子(スーパーで売っているよ~)ちらす。
②好みの大きさに切った鶏肉を円を描くように並べ、真ん中に紅生姜をのせ、白ごま・刻んだ万能葱をちらし、からめたたれを軽くかけてる。
♢ 彩り綺麗な照り焼丼の完成だよ~ ♢
19.10.5
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~マツケンのささっとクッキング~ ①
~蒸し鶏~
用意するもの
・鶏のモモ肉・・・2枚
・料理酒(酒)・・・50~80cc
・塩・・・お好み
・こしょう(ブラックペッパー)・・・お好み
①モモ肉2枚がのせられるお皿を用意する。
②皮を下にして、モモ肉をお皿にのせ、酒を50~80cc位をモモ肉に振りかける。
③塩、こしょうをする。
(できればこしょうは、ブラックペッパーがいいですね~。調味加減が、一番のポイント!少し多めにかけて下さい。=モモ肉にまんべんなくかかっているのが分かる程度。)
④お皿をラップし、レンジで4分温める。ひっくり返し皮を上にして、ラップをし同じように4分温める。
⑤♪チ~ン♪は~い!!!出来上がり!!!
ほぐしてもよし、スライスしてもよし、サラダ、和えものなど使い方は色々です。
お好みでどうぞ・・・
冷めても美味しくいただけますよ~。
【 冷凍保存をする場合 】
ラップを取らずにそのまま冷し、冷めてからラップに包んで、冷凍庫で保存して下さい。
【 裏わざ 】
肉汁を器に入れ替えて、冷蔵庫に入れて冷やせば、固まってコラーゲンの出来上がり!!!
サラダの上に散らしてみてはどうですか!?
マツケン日記
其の1 19.2
初めまして!私はスカイ.Aに入社して、まだ二ヵ月の新入社員です。
『マツケン』と呼ばれている、40歳の男です。この歳で転職しました。ダクト会社・空調設備業界、人生初めてです。そう、何も知らない、ど素人の新人なわけです。(40歳にして☆ピカピカの一年生☆』とでも、言いましょうか~)
スカイ.Aに来る前の仕事は何をしていたかというと・・・???板前をしていました。19歳から料理職人の世界に入り修行して、調理師免許・ふぐ調理師免許(東京都・神奈川県)を取得し、21年間飲食業界で仕事をしてきました。
『何故?何故!!・・・畑違いの業界に転職したの?』とスカイ.Aで働く職人さんや色々な方に、聞かれました。『もったいないよなぁ~!技術もあるし、まして20年もの板前のキャリアがあるのに・・・』と全ての方が疑問???に思っているようです。(そりゃ~そうですよね!)
日本料理会の師匠や先輩・後輩も口をそろえて、『辞めない方がいいよ!』と反対意見が多く、引き止める方々もたくさんいました。がしかし、そんな意見もある中、私は飲食業界からダクト設備業界へと転職を決心しました。とは言え、40歳からの他業界への転職、不安はもちろんありました。みんなさんの足を引っ張るのではないかと・・・
スカイ.Aに来てから、勉強!勉強!の毎日で、頑張っています。(最初の頃は、道具・設備用語はもちろん、何をするにも、全てチンプンカンプン???言葉も分からず、外国に一人取り残されたような気分・・・)
何故、転職したのか?訳は、誰にも話をしていません。
其の2 19.3
スカイ.Aに来て、三ヵ月になりました。道具等、まだまだ上手く使えこなせず、手こずっています。
さて、どうしてスカイ.Aに来たのか、経緯をお話していきましょう。
昨年の二月上旬。丁度一年前に、ある人との出逢いから始まるのです。
が!!その前に、私が飲食業界で板前をしていた経緯を先にお話させて下さい。
今から十年前、ちょうど三十歳の時・・・川崎の料亭で板前をしていました。親方を入れて、九人での仕事です。私は、花板でした。【花板とは・・・親方の次で、二番手】 そこで三年間、親方で一本立ちをする修行をして、とうとう頭【親方】で仕事をするまでに昇りつめました。(やっと、たどり着いたぁ~(^^)v)
しかし、親方で仕事をするにも舞台がありませんでした。【舞台とは・・・店舗】 師匠や大先輩の方々も仕事がなく、遊んでいる状態が続いていました。そんな訳で、私の所には舞台の話は舞い込んでこない状態でした。(せっかく親方という技術を手に入れたのに・・・肝心の舞台が手に入らない・・・うぅ~(>_<))
世の中、バブル崩壊!!料亭・高級店が店を閉め、飲食業界に価格破壊が訪れた頃です。私についていた若い衆は、師匠に預けて私は別の就職先を探し、魚料理を主体とした居酒屋に入社が決まりました。その会社は、当時店が四店舗ありました。私が入社して一ヶ月後に五店舗目がオープン予定でした。私は、四店舗あるうちの一番小さな店に料理長として配属されました。場所は新橋で、15坪27席。私一人が板前。店長とアルバイト一人を使ってやっていました。魚は刺身がメインで、常に15種類をおいていました。焼き物「一夜干し」・煮付け・揚げ物等を全て一人でさばいて焼いていました。
魚の仕入れの量が半端な量ではなく、凄い量で冷蔵庫に収まらない程でした。他の店舗は、板前三人でやっていました。(まぁ~その分メニューも多いですけれどね・・・)
私は、やはりこだわりを持って板前をしていました。その頃は、妥協や手抜きは許せなかったですね。だから、経営者とぶつかる事もありました。そんな事もあり、時代の流れから、板前(職人)だけの仕事だけでは生きていかれないと感じました。生き残っていく為にも、料理だけではなく、ホールや店の運営も学んでいかねば!ダメなんだと気付きました。
飲食業界の企業・組織は、業者に加工食品を作らせて、アルバイトにも簡単にできるようにマニアルを作る時代へと変わっていきました。
おぅっと今回は、とても長くなってしまいましたねぇ~。板前時代の話をすると、いつまでも止まらなくなってしまいます。
其の3 19.4
その後私がどうなっていったかをお話していきましょう。
時代の流れから、飲食業界もどんどん多くなり、色々なお店が出現してきました。大手企業、フランチャイズ店・・・例えば、居酒屋の和☆・焼肉店の牛☆。この頃から、急激に増え始めていきましたね。飲食業界も板前・職人だけを雇う店も少なくなり、必要とされなくなっていきました。
五店舗目がオープンして、六店舗目は創作料理の店で10月にオープン。場所は、御徒町、席数88席、厨房3名、ホール3~4名という形態。私は、そこの料理長に抜擢されました。(この店をオープンさせる事が出来るのは自分しかいない・・・あっ、ちょっと天狗になっていたかな?)
店の立上げ、メニュー作り、原価計算、器、器材の購入、搬入、レシピ作成、試食会、写真撮り、仕込み・・・内装工事が予定以上にかかった為、オープンまで二日しかなく、前日から徹夜仕事でした。全てやる立ち上げは初めてで、本当に大変でしたが、良い経験となりました。次の店の立ち上げには、とても役立ちました。私は、板前のみの仕事ではなくなったのです。
(脱イタマエ!)
六店舗目の店がオープンしてから、2ヶ月後・・・七店舗目が12月にオープン予定。その店は、今までよりもっと大衆的にして、美味しい魚を低価格で提供。六店舗目同様、色々とやる事があり、メニューのバランスを考えながら、アルバイトにも簡単に出来るメニューを作って行きました。嬉しい事に、既存の店より客数は、かなり上がりました。
年が明け、創作料理店以外の五店舗を全て変えていきましたね!
どの位低価格というと、鮪にこだわって、赤身350円・中トロ390円(たまに同じ値段で大トロあり)
どんな鮪だよ??って思うでしょう・・・鮪は、赤字覚悟でこだわりを持っていました。品質が悪い時には、出しませんでした。
売り上げも上向き↗入社して2年目には、七店舗の総料理長に就任しました。
しかし、給料は上がらず・・・私は、それでも自分の修行だと思い、文句も言わずに仕事をしていました。
そうです。この頃から、私の生活習慣が変わり始めてしまったのです・・・
其の4 19.5
現場作業(大谷口小学校・駒沢大学での空調・換気設備改修・新築工事)、工場でのダクト組み立てなどをやっています。まだまだ、仕事が遅いですが、私の出来る範囲でやらさせてもらっています。気分的にも、料理を作るのと同じように、だんだんと楽しくなってきました。入社当時は、精神的にも体力的にも低迷線状態。しかし現在は、上向き状態↗
先日、初めて飲食店(新宿のうなぎ屋さん)での現場調査に行ってきました。私は、ベテランスタッフの助っ人として、また勉強もかねて・・・私も色々な飲食店で仕事をしてきましたから、なんだか親近感がわき、なんだかワクワク・ドキドキ!!! 『どういう工事になるんだろう・・・』
さぁ、現場調査のスタート。厨房に入るなり、私の目に飛び込んできたのは、どでかいフード。びっくり仰天!!!現場説明で私が理解できたのは、ファン4基の取り替え・フードの入れ替えだけで、どう取り付けていくかはイメージができず、ただただ呆然と見ているだけの状態。
久しぶりの厨房内!!!『ここのお店にも職人さん(板前)がいないんだぁ・・・』やはり、時代の流れでしょうか・・・元板前の私に突如、職業病が発生!!! うなぎの焼き方・うなぎは、どこ産?・うなぎの扱い方などチェックしてしまったぁ~(-_-;)
さてさて、其の3でもお話したように、私は7店舗の総料理長に就任してから、責任感にとてつもない自覚をもち、『もっと店を良くしていこう!!!』『会社を大きくしていこう!!!』と私なりに考えるようになりました。ガムシャラに働きました。
飲食業界も出入りが激しく、なかなか人材が落ち着かない状態でした。そんな中私は、毎月のおすすめ品・レピシ・マニュアル作成・試食・写真撮り・宴会メニュー(4コース)を3ヶ月おきに変更、原価だし、業者との値段交渉などを、店の通常業務・店長業務までを同時進行でやっていました。だから、家に帰らない日々も多々・・・こんな状態を4年間続けました。今思うと、この頃は職人気質が強く自分がやらないと気が済まなかったんでしょうね~全て、一人で抱え込んで・・・人を上手く使えていなかったんですね~
この先、私は移動があったり、またまた新店舗の立ち上げなどがあり、もっともっと過酷な生活に突入してしまったのです。
過酷な生活がある人との出逢いがあるまで、続いたのです。
ある人とは、其の2でも登場。とっても気になりますねぇ~
謎のAとでの呼びましょうか・・・
其の5 19.6
『痛・・・痛・・・痛 痛~い~』
工場でケガをしてしまいました。やっちゃったぁ~(>_<) リベッターで、左手中指を挟んで潰してしまったのです。軍手をはずして自分の中指を見ると・・・なんじぁ~これは?? 痛みがもの凄かったので、医者に行って縫ってもらいました。第一関節複雑骨折と傷口損傷と傷口が治るまでは1ヵ月。骨がくっつくまでもう1ヵ月と診断されました。指がもとどおりになるか心配でした。
現在、傷はふさがり、ツメは1/3しかないですけど元に戻りつつあります。
さてさて~本題に入りましょう。
こんなんでいいの・・・?
今までよりさらに過酷な生活に・・・会社に入って8年目。今度新しく立ち上げるのがフランチャイズでした。1ヵ月間、研修を兼ねながらオープン立ち上げの準備が始まりました。社員三人(内女性一人)とスーパーバイザーで立ち上げていく状況でした。お店のコンセプトは、お客さまに【元気・勇気・感動】を与える店にしょう。場所は、新橋で鶏料理の専門店でした。
オープンの2週間前から休みがなく、工期も遅れていてハードスケジュル。4日間のレセプションをこなして、11月下旬に本オープン。
夕方4時開店の朝4時閉店。女性を店長において、バイザーが売り上げ管理とシフト管理、私は裏方に廻りキッチン等商品管理をしました。12月からランチも開始。メニュー作り、ランチのオペレーションを指導しながら夜の営業。ランチオペレーションができるまで1ヵ月間かかりました。その間は朝9時に入って翌朝5時までの仕事。1ヵ月間家にも帰れず泊まり込みでした。
事件勃発!!!
年を越して3ヵ月目の事でした。店長が体調不良を理由に退職。その翌月にもう一人の社員も退職。やはり労働時間の長さからでしょうか?体力の限界だったのでしょうね~バイザーも契約なのでいない状況。
その後私は、売り上げ,シフト,人件費,商品等全てを管理したうえでの営業が続きました。毎日店に泊まり込みでした。安いカプセルホテルでシャワーだけ浴びれるところに通いました。(着替えを用意して)
休みは1ヵ月に1回。それも丸1日間休めなかったのです。プライベート全くなし・・・この生活が3ヵ月間続いたのです。
支えがあったから・・・
今回のお店は、お客様のテーブルの前で鶏ちゃん焼き(けい)を焼いてあげて、会話をしながらコミニケーションを楽しむ感じでやっていました。
店も忙しく、各テーブルを2・3回焼いて廻るので大変でしたね。体もきつく辛い時の方が多くなりました。しかし仕事は、常に笑顔で元気良くやっていましたよ。アルバイトも辞めずに、ついてきてくれましたから嬉しいかったです。お客様と毎日触れ合って逆に元気を頂いたり、励まされたりしました。お客様やスタッフに支えて頂いたからこそ、私は頑張ってやってこれたんだと思います。
私はメニューにない、オリジナルのけいちゃん焼きを作り、裏メニューとして出していました。これがお客様に大ヒット!!!その頃から、お客様は私を【マツケン】と呼ぶようになり、親しまれるようになっていきました。
私の名札には名前の他に【素直な心NO.1】と書いてありました。その他に夢も書いてありましたよ。なに~?聞きたいって?夢は【歌って踊れる板前さん】
お客様が私の名札を見て会話が始まるんです。お客様が喜んで、満足していただいて『また、来ますね~』と笑顔で言っていただける、接客を心がけていました。
気持の変化!!!
その後、社員2人が入社しましたが労働時間の長さは変わらず・・・
それまで会社のやりかたに忠実に守ってやっていた私が、会社に対して不信感をもち始めました。8年間に蓄積された、肉体的・精神的疲労が激しくなり始めていたのかも・・・そしてある実態を知ってしまったのです・・・なぜ・・・どうして・・・
???記憶喪失???
オープンして1年が過ぎ、その年の暮れ、会社の打ち上げを閉店後にやりました。
料理は私がふぐ免許をもっているので、築地魚河岸でふぐと鮪を仕入れ、ふぐ刺し・ふぐちり・ふぐの唐揚げ、鮪の刺身・鮪の焼き物などを準備し、打ち上げがスタート~
『ここは何処?私は誰?』私はお酒を飲んで、初めて記憶を無くしました。
飲んでいた時の事も・・・今まで覚えていたもの全てを忘れてしまい思い出せないほどに・・・
出逢い
年を越して新年を迎えても、気持ちは落ち込み状態↘↘。【不信感】・【疲労】が増すばかり・・・精神的にも肉体的にもボロボロになってしまったのです。
1ヵ月後くらいに謎のAと出逢った訳です。
いよいよ、マツケン日記も後半になってきました~
やはり、20年間飲食業界にいた経歴を短~~くまとめる事が出来ませんでした。(これでも、短くしたつもりですが・・・(^_^;) )
其の5 19.11
そう!!!謎のAとの出逢いがありました。
謎のAが、業者会で私の店に来店したのが初めての出逢いでした。その後、お互いに色々と相談したり、たくさんの事を話ました。
その頃の私は、精神的に病む状態だったかもしれません。
4月に、田町に立飲みBARをやる事になるのですが、私は一切店の事に関わりに入れず、出店することになりました。
1ヵ月が過ぎて、色々と問題発生!!!その後再度オープン。
またまた会社のやり方に不信感を抱き、謎のAに相談したら、『人を大切にしない会社はどうかなぁ・・・?マツケンは板前の腕があるんだから、そっちに行った方がいいんじゃない・・・』とアドバイスをしてくれました。
そして会社と労働時間や方向性などを話し合いましたが、残念な結果に・・・
姫の言う通りでしたね~。(姫→謎のAを私はこう呼んでいました。)
姫に言われた言葉で、『自分を大切に出来ない人が、人を大切に出来るわけがない。』と、これは自分にあてはめると、私も自分自身を大切にしていないなぁ~と自暴自棄になりました。
10年間この会社で、間違っていたのか・・・???
そして、会社を退職しました。
板前の業種に戻り就職しましたが、包丁を握ってない4~5年のブランクは大きいものになっていました。心に穴が開いたよう感じで、全てにおいて自信を失なってしまった状態でした↘↘
姫から色々と教えられ、気付かされました。 そしてへこみました。自分自身がイヤになりました。
自分自身の性格・人間性を再認識。江原さんのスピリチュアルではないけど・・・
姫との出逢いがとてつもなく大きい出来事となりました。
自分を変えたい!!!自信を取り戻そう!!!姫の力になりたい!!!と思い、人生の分岐点40歳にして、再出発。
一からやり直しをすると覚悟を決めて、姫のいるスカイ.Aに入社する決意をしました。
そう!!!姫とはスカイ.Aの社長だったのです。
あと1ヵ月で入社して1年をむかえます。
自分自身まだ何にも変わっていないと思いますが、日々勉強し努力している次第です。
少しでも早くスカイ.Aに、貢献出来る人物になるよう、頑張ります!!!
今回で、何故、転職したのか?がおわかりになりましたねぇ~
謎のAの正体も・・・
